手芸用品を学ぶ

リバティプリントに関する情報が満載!

リバティプリントのリバティ初店舗に雇い入れたのも日本人

リバティプリントのリバティ初店舗に雇い入れたのも日本人 リバティプリントで有名な英国リバティ社の創業者は、英国人のアーサー・ラセンビィ・リバティです 。
彼が日本をはじめとする東洋の装飾品や美術品に魅了され、会社を創業するきっかけとなったのは、1862年、ロンドンで開催された万国博覧会だと言われています。
その頃のリバティは、美術品王室の御用達、ファーマー&ロジャース商会へ勤めていましたが、この会社が購入した万博品の東洋の品の販売を、リバティは支配人として販売を任されていたのです。
そしてそれから約10年後の1875年、リバティは独立し、念願の初店舗で東洋の装飾品や美術品を扱うようになりました。
その時、ロンドンのリージェントストリートに開業した彼の初店舗には従業員が2人雇われました。
1人は、16歳の女性、そしてもう1人の従業員が、日本人の男性だったのです。
その後の事業拡大で、リバティプリントが誕生しましたが、リバティプリントにはエキゾチックな柄が多いのも、こんな意外な日本とのつながりが影響しているのですね。

アーサー・ラセンビィ・リバティの生い立ち

なぜそこまで日本との繋がりがあったのか? リバティプリントというと、まず思い浮かべるのは、可憐な小花模様です。
しかし、リバティプリントには、実は、日本美術に影響されたような、東洋的でエキゾチックな柄がたくさんあるのです。
リバティプリントには、なぜそのような日本との繋がりを感じさせるような柄があるのでしょうか。
話はリバティ社の創業前、遥か150年も前にさかのぼります。
1862年、折しも万国博覧会がロンドンで開催された年のことです。
もともと美術に造詣があったものの、経済的な理由で、16歳から様々な店で働き続けていたアーサー・リバティ氏は、万国博覧会に出品されていた日本の装飾品や美術品に大変感銘を受け、すっかり魅了されてしまいます。
その後、当時働いていたファーマー&ロジャース商会で、万博の展示品だった日本製品を販売するマネージャーに抜擢されるほど、彼は日本製品を愛し、造詣が深かったのです。
そして、10数年後の1875年、念願だった自分の店舗「リバティ商会」を開業し、日本をはじめ東洋の美術品や装飾品の販売を行うようになったのです。
またそのような縁から、店員の1人に日本人の男性を雇ったとも言われています。
リバティ氏の日本美術や装飾品への造詣と愛情の深さが、今日のリバティプリントと日本との強い繋がりの基盤になった。
そう言っても過言ではありません。

\n"; echo "\n"; echo "
\n"; $q =urlencode($q); $str = file_get_contents('http://realtime.search.yahoo.co.jp/search?p='.$q); if (preg_match('!TS2bh end-->\s*(.*)/#TSm -->!s', $str, $res)){ print $res[1]; } echo "
\n"; echo ""; ?>  
 
Copyright (c) 2016 手芸用品を学ぶ. All rights reserved.